ウツロ ある行商人と世界平和


ウツロ ある行商人と世界平和



魔法協会の部隊は一か所に駐在させず、移動させることが多い。
理由は以下の2点だ。


①少数精鋭の移動による人件費の削減
②主要街道の警護


特に②は重要で、『安全性の高い街道の確保』こそが国の通商を発展させる大きな要素であるらしい。ゆえに、魔法協会の魔法使いと剣士は街道の安全を脅かす魔獣や盗賊に対して討伐義務を負う。


ウツロは基本的、徒歩で移動する。
道には行商人の馬車、地鳥車、竜車なんてものがたくさん行き交っているので、頼めば乗せてもらうことも出来るであろうがそれはめったにしなかった。
基本ソロ業務であるウツロは彼らを守ることが難しく、できそうにない義務ならば負わない方が楽という判断だった。


特例として、
大きな行商団は別だ。しかも、護衛の魔法協会部隊などがいればもう安心である。
まあ、逆に身の置き所がなくて別の意味で辛いけれど・・・





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ウツロはその日珍しく行商人の馬車に乗せてもらっていた。
仕方なかったのだ、昨夜の宿があまりに当たりだったのでお昼まで寝てしまった。エレノールさんから今回の仕事は時間厳守とあれだけ言われていたのに・・・


まあ、このあたりの森で、魔獣の群れに襲われる確率なんてそうそうないだろう・・・



あたりに薄く霧が立ち込める。
この辺りは主街道から外れているので交通量が少ない、
この馬車以外、今日は誰も通っていないようだった。



馬車の主は若い行商人だった。ウツロと同じかやや年下だろうか・・・
彼はどうにも暗い顔をしており、ずーんと沈んでいた。



・・・長い沈黙・・・気まずい・・・




それにしても・・・この馬車・・・やたらと小奇麗・・・
いや、豪勢に見える様に着飾っていると言うべきか・・・





行商人「なけなしのお金をはたいて馬車を装飾しました・・・」





なぜ?・・・こんな見栄え良くしたら・・・盗賊や魔獣に襲ってくれと言わんばかりだろう・・・
さらに言うなら、魔法協会がたまに走らせる『おとり用』の馬車の装飾にそっくりなんだが・・・



ウツロ「あの・・・余計なお世話かもしれないけど・・・TPOはわきまえた方がいい・・・」



その気もないのに、後輩魔女から豊満な胸を押し付けられたリしたら、勘違いしてしまうだろう・・・ミラとか、ミラとか



行商人「ううう・・・」
彼はぼたぼた涙をこぼす。



あれ?なんか俺気に障ることを言っただろうか・・・TPOって単語がダメだっただろうか・・・ちょっとカッコつけてみただけだったが・・・何も泣かなくても・・・



彼は・・・ゆっくりと話し始める・・・
彼には、幼い頃から憧れていた幼馴染がいた、恋人同士になった。でも、貧しかった彼は、彼女の両親に結婚を反対された。そこで、彼は故郷を離れて行商人になった。死に物狂いで働いた、彼女を妻にするために、幸せにするために・・・行商人として自立した彼は、数年ぶりに故郷に帰ってきた。しかし、彼女にはすでに別の伴侶がいた。現在、彼は逃げるように故郷から出発してきたらしい。




重い・・・重いよ・・・




ウツロは暗い話は嫌いだった。聞くならば、楽しい話がいい。
たまにスパイス程度に聞くならばまだしも、こんなマジ話きつい。
この世の中は、楽しいことだけあればいい、辛いことは直視せずにごまかせばいい、だって、本当の世の中は毎日あまりにしんどいんだから・・・




ふと・・・




外を眺めると・・・小さいゴブリンが走り去るのが見えた。



・・・



これはまずい・・・



盗賊や魔獣が襲ってくる前にはなんらかの予兆がある場合が多い、ずっと街道筋を陣取る盗賊などいない。そんな奴がいれば魔法協会の誰かが殲滅しているだろう。だから彼らは必ず下っ端に偵察させる。襲って利益のある獲物か?襲って勝てる獲物か?きっとあのゴブリンはこの荷馬車をこう判断しただろう。


襲って利益のある勝てる獲物である・・・と






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今から引き返したら森の中で夜だからな。
馬車の行商人には半刻止まって休んでから森を抜けてしまうように伝えた。

迎え撃つと勝算は薄い。
幸いにもこっちが先手をとれるんだから最大限利用しないと



ウツロは街道から少し逸れた道を歩いて、ゴブリンのいる場所を探る。



ああ、面倒だ。
どうして彼を助けようと思ったんだろう。
このまま無視して森を突っ切ってしまうという選択肢もあるか。
流石に、人でなしだろうか。



彼は人生で最大の不幸を味わったことだろう。
ここで、さらに行商人で積み重ねた財産、あまつさえ命まで奪われてはあまりに不幸ではないか・・・

もしかしたら、
彼の無念が怨念になり負のエネルギーになって、世界を巡って、世界が破滅する原因になる可能性があるかもしれない。あくまで可能性だけれども、

そう、これは世界平和のためなんだ。そう思うと少しはやる気になるだろうか・・・




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ウツロは薄暗くなりかけた森の中をとぼとぼ歩く。



弓矢を撃ってくる奴には手を焼いたが、
最低限、奴らを街道筋から引き離すことには成功した。

あー結構ひつこく追って来て、逃げるの大変だったな・・・


証拠念写もできなかったし、エレノールさんにどう言い訳するか考えないと・・・

















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待ち構えていたゴブリンは大きいものも含めて5体ほどだった。
裏から回って、まず、1体を













































なるほど・・・人との会話もまた厄介な魔物ということか(意味不明)



『出来そうにない仕事はやらない方がいい』というのもウツロのモットーであった。



その日、
ウツロは上機嫌だった。



昨夜の宿屋は当たりだった・・・



歴史と風情のある建物、親切で美人で色っぽい女将さん、おいしい葡萄酒、ふかふかで清潔なベット・・・しかも、魔法協会規定内価格で泊まれるという事実。

あまりによく眠れたのでもうお昼近くだった。




そして、同時に焦っていた。
エレノールさんから今回の依頼は遅れては駄目と言われていたっけ・・・急がないとな・・・




西の村まではこの森を越えなければならない。木のまばらな見通しのいい森だけど・・・今日は霧が薄くかかって視界が悪かった。


まずいな・・・このペースじゃ森の中で夜になってしまう。夜はどんな魔獣が出るか予測もつかないしな・・・


偶然、荷馬車が通る。この時間にこんな場所を・・・
荷馬車の主は自分と同年代の若者だった。彼の好意に甘えて西の村まで乗せていってもらうことになった。


大丈夫、魔獣の群れに襲われる確率なんてそうそうないだろう・・・