はたく 問いに答えを

【過去編】問いに答えを



首都大学
緊張しながら孝一はその門をくぐる。




物理先生はすらりと背の高い女の人であった。
白衣に黒い長い髪でサンダルを履いていた。
回転いすでぐるぐる回りながらせわしない様子で孝一達を迎える。



物理先生「おお、大和、久しぶりだな、元気していたかね。君が大学を去ってからというもの 骨のない生とばかりで困っているんだ。・・・どうだ、もう一度大学に戻ってくる気はないか?」



先生「嫌です。」



物理先生「はは、もう少しオブラートに包んで言ってくれ・・・流石の私も傷つくじゃないか・・・」



先生「・・・今日は私の教え子がどうしてもわからないことがあるというので ご教授願いに来ました。」




孝一説明中・・・
メモを取りながら、黙って孝一の話に耳を傾ける。
説明を聞くほどに物理先生の目は輝くように感じた。






説明が終わると彼女はお腹を抱えて笑い出す。
物理先生「・・・あははは、コブシで壁を壊すだって、それは難問だ。」







物理先生「どうすれば、この問題が解けるようになるだろうか?悩ましい問題だ。問題は解いている瞬間、悩んでいる時が一番楽しい。」




よって、私は仮に答えを知っていても君には教えないだろう。誰かから聞いた答えなんてつまらないし、肩透かしだ。




孝一「俺は、そんなにマゾヒストじゃない。解けるならば最短ルートが良いに決まっている。」

物理先生(・・・それが、もう何年も毎日壁を殴り続ける男の台詞とは思えないな)

孝一「先生でもわからないなら・・・手段はひとつ、そいつを見つけ出して直接聞く。」

物理先生「顔も名前も覚えていないんだろう?」

孝一「壁を壊すってことだけは確かだ。」




物理先生「それでも、まあ、私が研究者として君にアドバイスできるとしたら、自分で導き出した解答というのはとても意義深く、・・・・気持ち良いものだということだ。」



物理先生「そう思わないかね、レポートを提出しに来た君よ?」

「そ、そうっすね・・・」
大学生らしき男子は冷や汗をかいている。


物理先生「この解答、A君のものに良く似ているようだが・・・」
「あれれ・・・おっかしいな・・・」



「私は君に答えを与えないが・・・そうだな・・・問題を解くためのアドバイスを与えよう。」
物理先生はにやにやしながら孝一を見る。

孝一は騙されたとばかりにふくれている。




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孝一が持ってきた菓子折り『異世界饅頭』はゼミ生に配られた。

「おーい、先生から、もらったお菓子食べていいってさ」
「俺、また腹回り太っちゃうんだけど・・・」
「じゃあ食うなよ」

「・・・いせかい・・・饅頭?・・・これどこのお土産だよ?」
「広島っしょ?広島っしょ?」
「いや、違うだろ」

東京バナナって言うくらいだから、異世界なんじゃね?異世界なんじゃね?」
「いや、どこだよ?」


「見るからに不味そうだな・・・」
「じゃあ、いただきます。」
「おま、腹回り太ってんじゃねーのかよ・・・」


「・・・・旨い・・・(ボソ」
「・・・ん、いまなんて言った?」



「あーこれ あとは俺が全部もらうわ・・・」
「おい、待て、このデブ・・・ちょっと俺にも食わせろ・・・」


太った彼は逃げようとしたが、全員にブロックされた。
彼らはおそるおそる異世界饅頭を口に入れる・・・


「・・・・は?・・・これ・・・ってこれ・・・ヤバない?」
「おい、ちょっと方言出てんぞ・・・」


その後、異世界饅頭を買おうと生徒たちは必死に情報を集めたがお店は見つからなかったという・・・









【過去編】観測者




壁が・・・初めて振動するまでに話




物理先生「・・・・さて、君の見たという現象の再現を始めよう。とはいえ、私が生きてきた中ではそのような現象は見たことも聞いたこともないわけだから頼りになるのは君の記憶だけだ。」


孝一「ああ」


物理先生「その時起こった事象をできるだけ具体的にどんな些細なことでもいいから思い出して・・書き出してみるんだ。」



孝一「あのとき、・・・一瞬で・・・壁が・・・コナゴナに!!」


物理先生「・・・・」


孝一はなんだか思い出せなくて恥ずかしくなってきた。


物理先生「そうだな、それは、君の視覚情報だろう。君にはあと4つの測定器官があるじゃないか。例えば音はどうだった?」



孝一「・・・・音はなかった。あんなことが起こったのにほとんど無音だった。・・・そうだ、その時、すごく震えた。周りの空気すべてがビリビリと震えたような気がする。」





孝一「・・・・・・そうだ、もっと震えが起こるように壁を殴ればいい。」






キロは再び壁の前へ駆けていった。


物理先生「・・・」


いや、そんなことでどうにかなるようにも思えないが・・・どうにも私には無理としか思えない。
彼ができると思っている。おそらくこれまであきらめるように言ってきた大人はたくさんいただろう。





それでも彼ができると信じているならば、私は・・・





物理先生「何かヒントになったのならば、何よりだ。」


ここでもうひとつアドバイスを与えよう。

壁を何度か殴った後に必ず、その結果がどうであったか、近づいているのか、遠のいているのか、何が足りないのか評価をおこなうこと。

それを徹底してくれ。


問題の答えは必ず問題の中にある。だから、必ず原点に立ち返ることを忘れないようにするんだ。」





ズン





その数日後に壁が初めて振動し始める。
気づかないほどの弱い振動だったが、
孝一は不鮮明な記憶の中で確信する。この振動ははたくに近づいていると





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3年後・・・
孝一は最初に『はたく』を見たと記憶している場所に来ていた。
そこは今では壁も取り壊されてきれいさっぱり空き地になっている。


孝一「原点に立ち返ることを忘れない・・・か」




大海「・・・孝一君・・・よくここに来るよね・・・」
孝一「ここは あのひと に・・・『はたく』を見せてもらった場所だから・・・」



大海(・・・ここは・・・孝一君の・・・大切な場所なんだ・・・)
大海さんは丁寧に 二礼二拍手一礼 して手を合わせて目をつぶる。




孝一(それ・・・なんか違う気がする・・・)






【余談】


「せんせー!!!」

物理先生「どうした、大勢で押しかけて・・・」

「あの・・・異世界饅頭っていただいたじゃないですか・・・」

「ああ・・・それが?」

「それがどこで購入できるか教えて・・・いただけないでしょうか・・・」
生徒たちの真剣で切羽詰まった態度に・・・物理先生は少し引いた。



物理先生「うーーーん。」



物理先生「・・・・仮に私が答えを知っているとしても・・・君たちには教えないだろう。誰かから聞いた答えなんてつまらないし、肩透かしだ。」
物理先生はいいことを言ったつもりの どや顔 を生徒に向ける。



(ちくしょう・・・やっぱりか・・・)
うなだれるゼミ生たち