ウツロ 休日の趣味と人魚


ウツロ 休日の趣味と人魚




「休日は何をして過ごされているんですか?」




聞かれて対応に困る質問ベスト3には入りそうな気がする。
正直に『寝てます』なんて言ったら、そこで話が終わるし、
かといって嘘ついて楽器や地竜レース、海中潜り、なんて言ってしまうともう大変、そんな高尚なことは経験がないので知識もなく、すぐに嘘をついていることがバレてさらに気まずくなる。

余談だが、次に困るのは『ご結婚はされているんですか』などの質問・・・くっ



趣味・・・趣味・・・そうだな『釣り』とか趣味と呼べるのではないだろうか・・・

ウツロは辺境の街や村に出向くことが多いが幸いにもその近くに池、川、沼がある。そこに釣り糸を垂らして魚を釣る。大物が釣れたら居酒屋のキョウカさんのところに持っていけば、さばいてくれたりする。魚は好きだし、キョウカさんの料理はとてもおいしい。

無論、釣り竿などは持ち歩かない。任務の最中に釣り竿背負ってたら、それはもう『釣りに行く人』だからな・・・支部や本部に報告がいくとよりまずい。ならばどうするか・・・糸をポケットに忍ばせて、持っている剣の鞘の先端に糸を括り付けて『疑似竿』にして釣りをしていた。ゆるい『風切り』でうまーく浮を遠くに飛ばすことも可能。

魔法協会の支給品で釣りを・・・あ、これは人に話せない趣味だった・・・危ない危ない。




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ウツロの今回の任務は鉄蟹アイアンクラブ×1匹の討伐だった。報告のあった池のほとりで釣りでもしながらのんびりと奴が現れるのを待つ。水辺じゃあ張り切って捜索もできない。


キレイな歌声が聞こえる・・・この歌は・・・人魚かな?


ウツロは糸を回収して、片耳に耳栓をして、剣を構える。人魚の歌はひとを眠らせたり、惑わせるが、片耳でも耳栓をしておけばその効果は大幅に低減するらしい。幽霊船の時と同じミスは繰り返さないぜ。



人魚「・・・あら?・・・効いていないみたいね・・・」



人魚が50m程度離れた岩場に腰かける。ずいぶん不用心というか人に慣れているような振舞いだった。ウェーブのかかったキラキラと美しい髪、鱗が虹色に輝く白い肌、人魚は人を惑わせるために総じて美しい外見をしている。基本人魚は群れをなすって聞いていたが・・・こんなところに単体で出没するなんて珍しい。



人魚「・・・警戒しないで・・・私はあなたと仲良くなりたいの」
手を口元へもってきて上目遣いで懇願するように可愛くささやく。


ウツロ「は?」
何を言っているんだこの人魚・・・仲良くなれるわけがないだろ、こいつら人を喰うんだぞ。



人魚「・・・・あれ?・・・たいていの男はこのあたりで、ワタシにメロメロになるはずなんだけど・・・」



人魚はウツロの紺色のローブを見てぎょっと目を丸くする。
人魚「魔法協会だわ・・・ヤバいヤバい。」
人魚は池の飛び込んで見えなくなった。


逃がしたな・・・まあいいか・・・討伐対象じゃないし、
一応、片耳に耳栓をして再度釣りを再開する。



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人魚「ふふふ・・・あなた馬鹿なの?こんな安い餌でこの池の魚が釣られるわけないでしょ?」
少し距離をおきつつ、人魚が水面から少し顔を出して話す。

人魚「ふふふ・・・むしろ、さっきから、この釣り針に獲物がかからないように近づく魚を追い払っているのよ。」



・・・っ・・・なんて卑劣な嫌がらせ。



人魚「・・・私を討伐しに来たの?」
ウツロ「いや違う、鉄蟹アイアンクラブっていう大きな蟹がターゲットだ。」

人魚「そう」


安心したのかまた陸に上がってさっきの岩場に腰かける。だから馴れ馴れしいって



人魚「ああ、その蟹のおじさんなら、『俺はもっと上を目指すんだ』って息巻いて海の方へ旅立ってしまったけど」
なんですと・・・ああ、獲物はもう移動済か・・・



人魚「海なんてやめた方がいいのにねぇ・・あはは・・・私なんてあそこで『上下関係が嫌』で逃げてきたクチだし」



ああ、そう・・・人魚の世界も生々しいのね・・・なんなんだろうこのシンパシー




人魚「それにここはとっても良いところよ・・・村の若者たちが差し入れしてくれるし」

人魚の話だと、この人魚の美しさにメロメロになった若者たちが代わる代わる世話を焼いているらしい。おい村の男ども


人魚「みんな私がちょっと可愛いねこなで声だせば、コロッと騙されてちょろいちょろい」



女怖ぇ・・・



さて、ターゲットがいないのならば帰って寝るか・・・


人魚「あれぇ・・・あなたは何も貢いでくれないのぉ・・・」
ウツロ「・・・派手な事して協会の討伐対象になったら首を切り落とすからな。」


ウツロは人魚の髪をかすめるように『風切り』を放つ。
人魚「きゃあ・・・怖い怖い」

人魚は笑いながら水に飛び込んで逃げて行った。



鉄蟹がいなくなったことをどうやって説明しよう・・・まさか人魚に聞いたとか言えないし、
ウツロは考えながら近くの村へと向かうことにした。