【月江さん編】惚れた理由
中学2年がピアノを習っていた頃・・・私は壁にぶち当たっていた・・・
家のピアノで何度も練習したけど、ピアノの先生である母を納得させることはできなかった・・・
とても辛くて苦しくて・・・大好きだったピアノをやめたくなった・・・
その日は夜遅くまで練習していた・・・
月江は鍵盤をたたく手を止める。
また同じところを間違えた・・・
きっと・・・私にはピアノの才能がないのかもしれない・・・いや・・・それ以前にピアノを弾く意味なんてあるのだろうか・・・私が将来ピアニストとして生きていけるなんて微塵も思わない・・・じゃあ・・・弾く意味なんて・・・
ズン
鋭い振動が体を突き抜けていった・・・私は思わずビクついてしまった・・・
なんだろう・・・この振動
ふー
私は一息ついて再び弾き続ける・・・不思議とそんな気分になったからだった・・・
$$$
その振動の原因はその後すぐに知ることになる。
水上孝一という同じクラスの男子が近所の壁を殴っていると噂になっていたからだった・・・
夜中・・・廊下の窓からちょうどその様子が見えた。
何度も首を傾げたり、メモを取りながら、壁を殴るその姿は・・・とても滑稽だった。
『こんな意味のない行為』を『あんなに真剣に』おこなっているなんて・・・何を考えているのだろう・・・わからない・・・ふふふ・・・私のピアノの方が余程意味のある行為ではないか・・・
そんなことを思いながら・・・
その当時は、ピアノをやめることなく続けることが出来たんだ・・・
$$$
中学3年
その日は夏の満月だった・・・
塾の帰り、高架橋の下で
不良に絡まれていた後輩を助けたはいいが、自分は逃げられなくなってしまった。
「へぇ・・・すげぇ上玉だな・・・ちょっと付き合ってくれよ・・・げへへ」
「・・・」
平静を装いながらも内心はとても怖かった・・・
そんな時・・・『もっと恐ろしいモノ』が、ユラユラとこちらへやってくる・・・
その人物はジャージ姿の水上孝一だった目が虚ろで瞳孔が定まらない・・・
ゾンビのようでもあり、獲物に飢えた猛獣のようでもあった・・・
ビリビリとすごい殺気を放って何かをブツブツと呟いていた・・・
孝一(高架橋の壁・・・いい壁だ・・・殴りたい・・・でも電車を止めたら罰金・・・でも殴りたい・・・)
高架橋の壁を凝視するその存在をおぞましく感じたのか・・・彼に声をかけてしまう・・・
不良「・・・そこのお前・・・何をガンたれとんじゃい・・・」
孝一「・・・」
彼は何も答えない・・・というよりは目に入っていないようだった・・・
不良「無視すんなやコラぁ!!」
不良たちは孝一に殴りかかる・・・ある者は金属バットや鉄パイプを持っていた。
それは・・・電車が通り過ぎる一瞬で済んだ・・・
鋭く振り下ろされた金属バット、鉄パイプは孝一の体をスッと避けていくように見え、まばたきした後に不良たちがバタバタを倒れていった・・・お腹には『あの振動』がビリビリと通り抜けていく・・・
孝一「・・・」
(・・・いい壁・・・いい壁は・・・どこだ・・・)
私に一瞥することなく・・・
再びゆらゆらと歩いて・・・闇に消えていった・・・
$$$
月江「・・・・・・・とまあ・・・・ここまでが彼に惚れた経緯なんだけど・・・」
照れながら恥ずかしそうに話す月江
三島「・・・」
月江「・・・」
三島「それはホラー話か?」
月江「違うわ」
夜遅く
お腹にビリビリと振動を感じる
少し頑張ろうという気になる。
その振動が人為的なものであると知る。
水上孝一のことを意識する。
満月の夜、
不良に絡まれる月江
列車の高架橋のした。怪物じみた孝一が不良を一蹴する。
それはホラー話か?
違うわよ