獣人ヴェンと薬草おばあさん


獣人ヴェンと薬草おばあさん その1




今日のフレムベル隊、クラフトとヴェンの任務は要人警護だった。





警護対象の老婆モリス=モーガン
薬草の調合の技術に長けており、他国にもその名はとどろく。
近くの村から少し離れたランプ花の森・・・特殊な薬草の群生地
そこが彼女の住まいだった。



数日前から彼女をかぎまわる不審な『獣人』が目撃されており、
魔法協会は警護の部隊を派遣したというわけである。




「警護なんていらんと言ったんじゃが?こんな下っ端どもに守ってもらう必要などないわい」
初対面のクラフトとヴェンに塩対応なお婆さん
噂通りの偏屈のようだ・・・
クラフトは剣を抜きそうになったが、寸でのところで堪えていた。




すごい匂いだ・・・鼻が曲がりそうだ・・・





お婆さんの家は薬草の強い匂いが染みついており、
匂いに当てられたヴェンはへばっていた。
クラフト「まったく だらしない」



クラフト「俺が周囲の様子を見てくるから、お前は休んでいろ」




きつい目をしたお婆さんと二人きりになった・・・





・・・気まずい





「これでも飲め」
水を差しだす、お婆さん



「これでも食べな」
お菓子を差しだす、お婆さん




「これでも食べるがいい」
オムライスを差しだす、お婆さん




ヴェン「・・・あの」



「どうした?もっと甘い方がいいかえ?」
ヴェン「いや、そうじゃないけど(むしろ甘すぎて不味い)」




「ワシは人間よりもお前さんのような魔獣に近い方が親近感が湧く・・・」



ツンケンしているが、このお婆さんの本質は寂しがりのようだ・・・
家の外の鳥小屋など えらくたくさんのエサが撒かれているようだし・・・
ヴェン「・・・」



ヴェン「人間なんだから・・・人間と仲良くした方がいいんじゃないか?」
その方が警護もずっと楽になるだろうに・・・




「ふん、ワシは奴らから村八分にされた身じゃ・・・もっとも最近では、私の薬草の知識をお金を目当てにすり寄ってくる輩もいるがな・・・」





『自分を曲げて仲良くするか?』
『自分を曲げずに敵対するか?』

私はめっぽう後者のようじゃな・・・




「お前はどっちじゃ?」




ヴェン「俺は・・・前者だな・・・」
昔 獣人盗賊団に居た時も・・・
魔法協会に居る今も・・・
両方だな・・・




「ふん、つまらん奴じゃ」




お婆さんの話に耳を傾けるヴェン・・・
すぐ傍まで・・・
敵が来ていることの気づくことができなかった・・・








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獣人ヴェンと薬草おばあさん その2






イノシシの獣人は吠える。
お婆さんの小屋を壁ごと叩き壊し、ヴェンとお婆さんを分断した。






「この薄汚いババアが例のターゲットか?悪いが来てもらうぜ?お前を高く買い取りたいってお客がいるんでな・・・」


ヴェンが投げつけた木の椅子がイノシシ獣人に当たって壊れる。



ヴェン「おい・・・させるかよ」




ポリポリと背中をかくイノシシ獣人・・・

「あ?・・・何だお前は・・・犬の獣人か・・・こんなところでは珍しいな」




「・・・どうでもいい、とっとと消えろ豚野郎・・・俺は魔法協会からその人の警護を頼まれてんだ」





「魔法協会?・・・・あははははははははは・・・獣人が魔法協会に飼われているだって?・・・こりゃあ傑作だ・・・がははははははははは・・・おいおい・・・お前には獣人の誇りも何もかも失っちまったのかよ・・・」





安い挑発だ・・・
だが、獣人が人間に飼われている・・・
その事実を指摘されて心がざわつくのを感じた・・・





「お前の飼い主は・・・今頃部下たちに始末されているだろうよ・・・くくく・・・どうだ?俺の部下になる気はないか・・・このババアをさらったらいい金が手に入る山分けといこうや」






悪い話じゃあない・・・
人間に獣人が従っていた今までがおかしかった・・・そう思う

ふと・・・
お婆さんが震えている姿が目に入る・・・


わかっている・・・




このイノシシの獣人は強い・・・
取っ組み合いになったら押しつぶされるだろう・・・



わかっている・・・




自分がどうしたいか・・・わかってるんだ・・・





ヴェン「ヤダね・・・獣人とか人間とか関係なく・・・もうお前らみたいなチンピラの仲間になりたくないんだよッ」





怒ったイノシシの獣人は棍棒を振り下ろす。
あたりに爆音が響き渡る。



「!」



ヴェンはそれを避ける。
(こいつ・・・疾いな・・・)



お婆さんを抱えて・・・いや無理だ・・・このまま挑発しつつ・・・時間をかせぐ・・・




「あーめんどくせぇな・・・まずはこっちから・・・痛めつけるかなッ」

イノシシ獣人は狙いをお婆さんに変更する。



とっさにお婆さんをかばったヴェンは背中に打撃を受ける。
背中に激痛が走る・・・動けない・・・まずい・・・





霞む意識の中・・・クラフトがこちらに走ってくるのが見えた・・・






「・・・すまん・・・頼む!!」






息も絶え絶えに・・・
自分の出せる精一杯の声で叫んだ。
『ああ、任せろ』そう クラフトが答える声が・・・最後に聞こえた気がした。







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ヴェンの手当をしたリグレットから事の顛末を聞いた。
あのイノシシの獣人はクラフトの魔法剣で切り裂いて捕縛したらしい。



今回の件では、クラフトも相当上からお𠮟りを受けたらしい。
ガラにもなく沈んでいるようだった。



ともあれ俺も・・・
大きなミスをしたことは間違いなかった。
鼻が利かなかったとはいえ、婆さんと話すのに夢中になって、
敵の接近『音』に気づかないなんて




ヴェンはクラフトに謝罪の意を込めて、頭を下げる。



クラフトは二言三言小言をいいつつ、
「警護対象をかばったとっさの判断だけは褒めてやる、危うく警護対象に怪我をさせてしまうところだったからな」



・・・



「だが・・・褒めるのはソコだけだ。俺はお前が裏切るかもしれないといつも疑っているからな!!」





・・・




あのお婆さんは・・・
『自分を曲げて仲良くするか?』
『自分を曲げずに敵対するか?』
この二つしかないと言っていた・・・



もし・・・
『自分を曲げず・・・仲良く』なんて道があるのなら・・・
それは・・・きっと・・・




ヴェンは顔を上げてクラフトを見る。




「・・・ああ・・・望むところだッ」
ニカッと笑う獣人ヴェン



む・・・なんか・・・もっと悪口を返してくれないと拍子抜けなんだが・・・



後ろでリグレットがニヤニヤ笑ってこっちを見ていた。

やめろ、なんか不快だ。

















イノシシの獣人





まずい







『自分を曲げずに・・・仲良く』



そんなこと・・・できたら・・・







ははは・・・なんだ・・・
全然・・・曲がってないな・・・むしろ・・・











人間なんて嫌いじゃ・・・
人間なんて嫌いなんじゃ・・・









ヴェン「・・・」
何となく人間の闇をみてしまった気がする・・・







獣人は基本的に自分たち以外の種族は見下して、相手にしないことが多いが
人間はどうにも色々な考えを持っているらしい。









言うじゃあないか・・・



黙るお婆さん・・・
言い過ぎたか・・・






婆さん、人間に好かれないからって、獣人に媚び売っても、こっちはあんたを好かないぜ?





ふん、少しはあの犬ッころも使えるようになってきたじゃないか






人間に組する・・・裏切者・・・それが・・・今の俺




自分はひどく悪いことをしているという感覚だけが引っかかっている。


今日のフレムベル隊の任務は
要人警護だった。


薬草お婆さん




もっと仲間と仲良くした方がいい。











人間だって憎しみ合う。
獣人だってそうだ・・・そこに差なんてない。