はたく

はたく



逃亡者 水上孝一




心残りが・・・壁だけ





国際指名手配犯クライスラー=エンベルトの弟デモクラシー=エンベルトもまた国際指名手配犯であり、組織の中核幹部だった。


『兄さん、久しぶり、そっちの暮らしは落ち着いた?』
『・・・ああ』

『で、作戦決行は明日なんだけど、援軍を送ってくれるって話はどうなんたんだい?』
『・・・援軍は・・・送らない』

『・・・はあ?どうしてだい?』
『その街のある人物には・・・・借りがある。』


その後、口論になったが、クライスラーは一向に折れる気配がない・・・


『・・・OK、だが、作戦は計画通り実行する。』
『・・・やめておけ』
デモクラシーは問答無用で通信を切った。




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アジトとして借りているアパートで軍からの報告を受けたテスラは声を荒げた。

テスラ『デモクラシーがこの街に入ったですって?』
『ああ、そうだ、我々は24時間後に到着予定だ。』
テスラ『それでは遅いです。』

『・・・これは命令だ。我々が到着するまで、待機だ。くれぐれも独断専行するなよ。』


デモクラシー=エンベルト奴は組織の中でも過激派だ。対応が遅れれば無関係な一般市民にも被害が出てしまうかもしれない。


殺されるかもしれない・・・それでもやらなくちゃ・・・
お父さん・・・私を守って

テスラは父の形見のネックレスにキスをした。




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夜半過ぎ・・・孝一は路頭に迷っていた。
ああ、俺もついに日の光を浴びることができない世界へ身を堕としてしまったか・・・
逮捕されたら高い壁に囲まれた刑務所に拘留されて・・・


高い壁?・・・


その壁は見てみたいかも・・・いやいや何を考えてるんだ、こんな時に・・・



それでも・・・この街の素晴らしい壁とお別れしなくちゃならないなんて・・・
孝一から一筋の涙がこぼれる。




そうと決まれば街中の壁を巡って、殴りに行かなくては・・・





早朝・・・
孝一はデパートの裏路地で壁を殴り続けていた。
音のない衝撃がこだまする。


徹夜したのも久しぶりだな・・・


もうこの壁を殴るのが人生で最後かもしれないって思うと・・・
すごく集中できる・・・
今日は・・・調子がいい・・・




9:50
黒塗りのワゴン車がデパート近くの路地に止まり、周りに人がいないことを確認して5人の武装した集団が降り立つ。



デモクラシー『さあ、作戦通り、デパートの占拠を開始するよ。』
『あの・・・』
デモクラシー『どうした?』
『裏口近くに”黒いジャージの男”が壁の前で不審な行動をしているのですが・・・』


デモクラシー『・・・どれどれ、あーあれは確実に気が狂っているね、しかも泣いてるし』


デモクラシー『まあ・・・あれこそが・・・我々が正すべき”社会の歪みそのもの”だと思わないか?』


『確かに・・・』
『可哀想に・・・』



10:00
作戦通り、このカードキーを使って通用口から侵入する。
カードキーを差し込む。『ロック解除』の文字が出る。


さあ、ここからだ・・・ここから、すべての人が平等に暮らすことができる新世界の幕開けだ・・・




ズン




音のない衝撃が伝播する。デモクラシーはとっさにドアノブから手を離した。地面からも・・・お腹にズシンと響く衝撃を感じた。



ガチャガチャ
デモクラシーはドアノブを何度もひねる。
『あれ?開かないんだけど・・・』


『そんな昨日のテストでは開いたのですが・・・』
『さっきロック解除って出ましたよね・・・』



5人は振り返った・・・どう考えてもさっきのお腹に響く衝撃が原因であると直感した・・・
黒いジャージの人物から何か圧迫感のある湯気が立ち上っていた・・・



『お前・・・何をした?!』
※外国語

5人の一人が銃を構えて発砲した。
銃弾は・・・黒いジャージの人物に当たらす、明後日の方向に曲がって反れていった・・・




孝一「・・・邪魔をするな・・・今いいところなんだ・・・こんな街中で真昼間からサバゲ―してるんじゃねぇ・・・」






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テスラは市街地近く、鳴り響く発砲音を聞きつけてそちらの方向へ向かっていた。
テスラ(・・・まずい・・・もう奴らが動き出したのか・・・)


裏路地に入ると情報にある顔の人物デモクラシー=エンベルトに出くわした。


テスラ『止まれ!!!』
銃を構える。


彼はひどく怯えた顔のまま・・・白目をむいて倒れる・・・
そこには黒いジャージの男が立っていた・・・



孝一「・・・・やば・・・テスラ先生だ・・・」



黒いジャージの人物は一目散に逃げだした。
その場には、武装した5人が眠るように気絶しているようだった。



やはり・・・黒い怪物の正体は・・・







部隊は少し早くに現着した。
日本の警察にも応援を要請して、事態の処理に動いた。


部隊の一人ジャクスとニケルはテスラに事情を聴いていた。
『やるじゃねーか、この5人は組織の中でも腕利きだって聞くぜ?』
『・・・独断専行を褒めてどうするニケル、危ないところだったんだぞ?・・・おい聞いているのかテスラ』


テスラ『・・・すいません。あとのことを頼みます。私の方でも事後処理が残っていますので・・・』



『おい・・・どこ行くんだよ』




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孝一は徹夜の疲れが一気に出てきてもう歩く力も残っていなかった・・・
意識が飛びそうだ・・・次は異世界堂の壁・・・その次は沼池公園・・・それから・・・それから・・・


孝一は倒れこむ・・・そこは異世界堂の前だった。老婆があきれた顔でその様を見ていた。
「おい・・・店の前で寝るな・・・」



孝一は目を覚ます。ふとんのなかだ・・・饅頭のにおい・・・ここ異世界堂か・・・身体は全く動かせなかった・・・ひどい筋肉痛だ・・・



老婆「・・・7月10日ぐらいじゃったか・・・ちょうど花火大会の日の夜もこんな風に倒れていたな・・・」



7月10日か・・・孝一からポロポロ涙がこぼれだす・・・



孝一「俺は・・・もう・・・お天道様の前に出ることができない体になってしまった・・・」
老婆は孝一の口に異世界饅頭を突っ込む・・・

老婆「食べてゆっくり話せ・・・」


孝一「・・・じちゅは・・」
老婆「食ってから話せい」



孝一は事情をすべて話した。
途中で流し込まれたお茶でのどが痛かった。



しばらくして、
テスラ先生が血相変えて異世界堂に帰ってくる。

テスラ「コーイチ、ここに居たのですね・・・」
見るなり孝一に抱き付いた。筋肉痛の体が痛い。


テスラ「・・・良かった・・・大怪我しているようでなくて・・・」

孝一(あれ?・・・○○時○○分、被疑者確保みたいな感じかと思っていたけど・・・)




何から話したものか・・・孝一とテスラともに気まずい時間が流れる。




老婆は孝一の肩に手を置いて悟ったような顔をする。
孝一「?」


婆ちゃん「・・・・特殊部隊壊滅の件じゃが・・・わしが、犯りました。」



テスラ(ええ・・・)



孝一「それは流石に無理があると・・・」
婆ちゃん「ええい、うるさい、老い先短いわしが身代わりになってやろうというのに邪魔をするな」
テスラ(身代わりって言っちゃってるし・・・)



テスラ「・・・ふふふ・・・あははは」
テスラ先生はお腹を抱えて笑い始めた。



テスラ「コーイチ、お婆ちゃん、この件はワタシに任せて下さい。悪いようにはしませんよ?」
自信満々にバチリとウインクする。




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テスラ『・・・・以上が・・・特殊部隊壊滅の件で私が調査した報告となります。』
隊長『・・・いや・・・それはない・・・だろ?』
隊長から冷や汗が垂れる。

テスラ『事実です』


テスラ『そこで・・・ご提案があるのですが・・・』
テスラさんは悪そうな顔をして隊長の様子をうかがった。


隊長『・・・その提案・・・聞こうじゃ・・・ないか』




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テスラさんはダルそうに異世界堂の店番をする。

テスラ「というわけで・・・ワタシの優秀な実務能力ですべてが丸く収まったのです。」
孝一「・・・へぇ(大人って怖い)」


孝一「・・・ところで、どうしてまだこの街にいるんです・・・」
テスラ「その言いぐさ、レディーに対してシツレイですね。コーイチ」

孝一「・・・」

テスラ「・・・上からの命令で、しばらくワタシはこの街の専任になったんですよ。・・・それに・・・」



テスラ「この街も少し気に入りましたしね・・・」















テスラ「コーイチ、ひとつ解せないことがあるのですが・・・」
孝一「?」
テスラ「どうして、異世界堂の饅頭を隊員の傍に置いたのですか?」


それは・・・ユズハ師匠の言っていた強い人物の流儀・・・熊に野菜をほどこす精神


孝一「・・・強くなるってことは・・・つまりはそういうことだから」

テスラ「・・・ふふふ・・・あはははは」
テスラはお腹をかかえて大笑いした。

テスラ「あなたって・・・本当にお馬鹿なんですね・・・」
孝一(・・・ひどい)












豆太「・・・・他人を比べてもしょうがない。そっちに壁は・・・ないんだから・・・」







母菓子折りをもって謝りに行く・・・

テスラ「子供同士の喧嘩じゃないんですからー」








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